要点
- ミラノ大聖堂の建設は1386年に始まったとされます。
- 工事を担うヴェネランダ・ファッブリカは1387年10月に創設され、いまも大聖堂を管理しています。
- 現在の大聖堂は1577年に聖カルロ・ボッロメオが献堂しました。
- ファサードは1807〜1813年、ナポレオンの主導で仕上げられました。

年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 378 | 現在の広場の位置に洗礼堂が建つ |
| 1386頃 | 新しい大聖堂の着工、古い洗礼堂の取り壊しが始まる |
| 1387 | ヴェネランダ・ファッブリカ創設、カンドーリアの採石場を譲渡 |
| 1418 | 教皇マルティヌス5世が主祭壇を聖別 |
| 1461 | 聖釘が大聖堂に納められる |
| 1562頃 | 《皮を剥がれた聖バルトロマイ》の制作 |
| 1577 | 聖カルロ・ボッロメオが大聖堂を献堂 |
| 1606 | リキーニがスクローロを設計 |
| 1765〜1770 | フランチェスコ・クローチェの主尖塔 |
| 1774 | マドンニーナの設置 |
| 1807〜1813 | ファサードの工事 |
| 1909〜1965 | ファサードの扉 |
| 1920 | 水路による大理石の輸送が終わる |
| 1986 | 新しい祭壇の献堂 |
| 2012 | マドンニーナの金箔張り、「Adopt a Spire」開始 |
| 2016 | ティブリオとドームの修復開始 |
大理石という決断
大聖堂の性格は着工の翌年に決まりました。1387年10月、ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの働きかけでヴェネランダ・ファッブリカが生まれ、カンドーリアの採石場もこの組織に譲られます。選ばれたのはレンガではなく大理石で、ファッブリカはいまも工事と修復を担っています。
古い教会の上に
新しい大聖堂は、何もない土地に建ったわけではありません。ここには4世紀の聖堂サンタ・テクラと洗礼堂がありました。洗礼堂は387年に聖アウグスティヌスが洗礼を受けたと公式に記される場所で、1386年頃から取り壊されて埋められました。遺構は考古学エリアで見られます。
未完成の正面とナポレオン
堂内が使われるようになったあとも、ファサードは長く仕上がりませんでした。動いたのはナポレオンで、1807〜1813年の工事で正面が仕上がります。
それより先の1774年には、主尖塔の上にマドンニーナが据えられていました。
いまも続く工事
大理石の輸送は1920年まで水路で続き、修復は21世紀も止まっていません。2016年にはティブリオとドームの修復が始まりました。見学のときに足場が見える日があっても、それはこの建物の日常です。
チケットと料金

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よくある質問
ミラノ大聖堂の建設にはどのくらいかかりましたか?
着工は1386年頃で、ファサードの完成は1813年です。その後も扉の製作が1965年まで続き、修復はいまも行われています。
誰が建てましたか?
ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの主導で工事が進み、1387年に創設されたヴェネランダ・ファッブリカが建設を担いました。
ナポレオンとの関係は?
長く未完成だったファサードは、ナポレオンの主導で1807〜1813年に仕上げられました。
出典
情報確認日:2026年11月4日
- Veneranda Fabbrica del Duomo:大聖堂の歴史
- Diocesi di Milano:大聖堂の案内
- Veneranda Fabbrica del Duomo:考古学エリアの案内
- Veneranda Fabbrica del Duomo:マドンニーナの案内
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